「カンボジア流・忌まわしき交通マナー」
この国で乗り物を運転するのは命がけである。一方通行をフルスピードで逆走してくるガイキチバイク、飛び出してくる子供・大人・犬・ネコ・豚・牛‥‥の数々。
観光名所のまわりなどでは、まず前を見て運転しているバイクは皆無だと思って結構。皆ボケーッと自分の見たいものを見ながら走っている。
こんなんでよく事故らないものだと感心するが、実は本当によく事故が起こる。どちらが悪いにせよ、弁償するおカネもないのが実状で、その場でてっとり早く罵り合って別れるといったパターンが一般的だ。
市内オルセイ地区には、ちょっとした事故がもとで割れたり欠けてしまったバイクの部品や車体を、溶かしてくっつけて、なんとなくごまかしてしまうプラスチック専門の職人が集まる場所があり、賑わっている。
もちろん、罵り合いができないほど、どちらかが肉の塊になってしまったような場合は警察沙汰になることもあるが、大抵はケガをした方も割り切っていて、警官が来て面倒臭い事態になるまえに、自分でバイタクをひろい、血まみれのまま病院へ去ってゆく‥‥という風にオチがつく。
バイクも酷いが車もさらにキレた運転をする。特に田舎とプノンペンを往復するタクシーがヤバい。彼らは皆、すさんだ心を運転という手法で表現するアーティストのように、半分寝ながらボロボロの車でムチャなスピードを出しまくる。
比較的道の良いコンポンソムあたりから来る車はまだしも、地獄のような道が続くバッタンバン方面からやってくるタクシードライバーがプノンペンに着く頃は、疲れとストレスで半ば仮死状態と思ってよいだろう。
なかには休憩を一度もとらない豪の者もいて、ガソリン満載のタンクローリーに乗った菅原文太よりも怖い存在である。
こんな運転者ばかりだが、免許制度というものも一応は存在する。しかしこれもまた、カネさえ払えば犬でも取れるといういいかげんなものであった(過去形)。
この三〜四カ月前から若干状況が変わり、いまではよほどのコネでもなければ教習所に通うことになるが、その教習も気休め程度のもの。動いているのが不思議な程ボロボロの教習車は、バングラデシュの解体屋でもイヤな顔をされそうなゴミ一歩手前の代物だ。
こうして怪しげな教習所でゴミのような車を使い、人間的に問題のある教官たちから恐怖の教習を受けたドライバーたちは、カンボジア風の素晴らしい暗黒ドライビングテクニックを仕込まれて卒業する。
当地風交通ルールの中で特筆すべきことといえば、ズバリ「自動車におけるカースト制度」であろう。
日本では脇見運転していたベンツが人をひいた場合、ベンツの運転手は間違いなく罪に問われるだろうが、ここでは例えベンツの運転手が泥酔してマリファナを吸いながら人をひき殺したとしても、すなわち「強そうな方が勝ち」の論理がまかり通ってしまう。
同じ年式のベンツとランドクルーザーの場合ならランクル側の立場が強く、要するに車両購入価格の高い方が、逆ギレする権限を持っていると考えて間違いない。
というわけで、あなたがボロボロのスーパーカブをレンタルバイク屋などで借りて、プノンペン市内をトロトロ走っていて、後ろからピカピカのレクサスに追突された場合などは、日本の感覚でブツブツ文句を言ったりしないほうが身のためだ。特にバンパーのへこんでしまった、ま新しいレクサスの後方に、カーキ色の服を着た怖い顔した人々を満載した、黒いランドクルーザーが併走しているのを発見したら、殺される前にその場で土下座して謝りはじめるか、逃げたほうが良いだろう。
ただし、逃げるときには後ろから射殺される可能性もあるのでご了承ください。それでは幸運を祈る。