パイリンの薔薇
第二回
病に伏したチョム爺さんは、何回も振り向きながら話した。
「チェット、子は親の宝だ!。父の歳が尽きた以上はもう行かなければならない。人生は川の中に浮かんでいる船のようだ。しっかり杭に繋いで置かなければ流されるぞ‥‥」
チャオチェットは胸が詰まり、なにを話しているのか分からなかった。
しかし、涙が溢れてしまうので、父の足元に顔を伏せてしまう。その光景を見ていた医者も、涙を見せないよう窓の方にそっと顔を向けた。
チョム爺さんは疲れながらも語った。
「チェット!、わたしが死んだ後も、父の言葉を覚えていなさい。この自然界のなかで、人は清く高いものだ。身を戒めることによって内なる巨万の富を持つ。生きることは大変難しいだろうが、絶対に涙を見せてはならない‥‥
子よ、この言葉を心に刻みなさい‥‥
アッタヘ、アッタナウ、ニィァタウ(自分のことは自分でしなさい)
わたしがいくら指図しても、なんの役にも立たないだろう。人はそれぞれ他人に頼ることができない。自分のことは自分でするのだ。
この諺の意味を知り、一生懸命努力しなさい。不動の気持ちで‥‥
長所と能力、健康はその人の資産だ。我々人間は、この世に徳をもたらすために生まれてきたのだ。そして、不要になれば死んでゆく‥‥。
しかし、この世の中の誰ですら、一人だけで生きてゆくことはできない。お互い助け合って生きているのだ。
覚えていなければならない‥‥。人にはそれぞれ責任と義務がある。おまえの体と命は、社会の役に立つために使わなければならない。それが仏教の教えだ」
そのとき、医師がチョム爺さんの話を押し止めた。
「お爺さん。どうかもう少し希望を持ってください。そんなに急いで希望を捨てないでください」
チョム爺さんは医師に逆らうように言った。
「病気が直るのかね?。もう方法すら無いだろう‥‥。明日の朝か?、今夜か?、それとも今か?。どちらにしても必ず死ぬのだ」
続けて言った。
「チェットよ、愛する子よ!、父は貧乏でなにも遺産を残してあげることができない。子のために父の言葉を残して死んでゆこう」
チャオチェットはその言葉を聞き終わると、涙をポタポタと流し続けた。チェットは嗚咽しながら父に言った。
「お父さんの言いつけは充分にわかりました。心の中に書き留め、一生懸命実行します。どうか心配しないでください。命の限り一家を支え、身をたてます」
そのとき、チョム爺さんはひっきりなしに喘ぐようになり、全ての力が抜けて、身体全体がたわむようになった。
遂に死が患者の傍らまできた。父は医者に向かい、必死になって囁いた。
「先生、恐らくわたしは二〜三分の後に死ぬでしょう。多くの年月を費やし世話して下さったのに、わたしはまだ先生に少しもお返しをしていない。先生にお会いできて感謝しています」
ああー、神様、なにも聞こえません。
チャオチェットは父を抱いて、どんな事をしてでも、死神に父の霊魂を与えたくなかった。しかし、チョム爺さんは息子の腕の中で息絶えてしまった‥‥。
その瞬間、月が沈み光が消える。
全ての人は歳が満ちると、その霊魂は肉体を離れ、涅槃に入らなければならない。 (つづく)