川イルカを追う
首都プノンペンからメコン川を高速ボートで約五時間。カンボジア東部の町・クラチェでは、世界でも他では見ることのできない、絶滅に瀕しているイラワジイルカを見ることができる。
イラワジイルカはインドシナ半島の河川や河口、沿岸などに生息し、カンボジアでは「プサウ」と呼ばれている。マイルカの一種で、原始的な体の特徴から「生きた化石」といわれているほどの存在であり、現在の生息数は60頭を割っているとの分析もある。
海にいるイルカに比べ、格段に狭い川では環境の変化による影響を受けやすく、とくに漁民によるダイナマイト漁の巻き添えで命を落とす例が相次いでいるほか、今後もメコン川の流域開発に伴う環境悪化が懸念されている。
世界遺産アンコールワットの東に広がるトンレサップ湖にも、かつては多くのイラワジイルカが生息していた。だが、ポルポト政権下、兵士たちの射撃の的にされたり、脂をとるために乱獲されたため、最近ではほとんど見ることができないという。
ようやく復興へと歩み始めたばかりのカンボジアにとって、地雷撤去は切実な問題であっても、イルカ保護などまだ遠い未来の話と思いきや、日本とカンボジア双方のNGO団体などが力をあわせ、昨年末「国際イルカ会議」がクラチェで実現。地元州知事は、生息地の流域40キロを保護区として、漁業者などに理解を求めていくという声明を出した。
メコン川の長さは四千キロもあり、イルカの生息地域はさらにシャム湾にも及ぶ。もちろんこれは小さな一歩に過ぎない。なお現在、イルカを見ることができるのは、クラチェ県のカンピー村と、ストゥントレン県のトレンセック村だけとなった。
いままでクラチェに住んでいたにもかかわらず、イルカなど一度も見たことがなかったため、その存在を知ってからすぐ、川沿いに出かけて一日中川をウオッチングしてみたが、それらしい姿はまったく見ることができなかった。
地元の人に話を聞いてみたところ、20年ほど前まではクラチェの町からも簡単にイルカの姿をみることができたが、いまではまず不可能。どうしても見たければ15キロ先のカンピー村に行ってみろという。言われるまま翌日カンピー村まで向かい、川の沿岸をカメラ片手にうろつくこと五時間。夕刻寸前になって、イルカらしい姿をフィルムに収めることができた。
最初は土手の上から撮影していたが、小さなカメラしか持参していなかったおかげで迫力のある写真がどうしても撮れなかった。しかたなく近くにいた漁民から、手こぎのボートを借り、そっと近づいてゆくと、10メートルから20メートル先に複数の姿を発見。しばらくはイルカのダンスに感動し、カメラを構えるのも忘れ、うっとり見とれてしまう程であった。
イルカ達は五分から十分間隔で水面に姿を現し、ブォーと大きな音をたてて水を吹き出す。音のする方向にカメラを向けた時には、すでに水中へ姿を消しているといった具合で、揺れるボートの上での撮影は大変困難で、フィルムを現像してみると、まともに使える写真は殆ど無いと言ってよく、レンズを持参しなかったことを悔やむばかりであった。
帰りしな、ボートを借りていた漁民にイルカのことを尋ねると、やはり15年〜20年前は沢山おり、昔は取って食べたりもしていたそうだが、今年からは捕獲すること自体が禁止されてしまったとのことである。
クラチェまでは、日本橋の先から毎朝七時に出るスピードボートで約五時間。乾季の間は、場所さえ良ければ毎日午後に必ずイルカを見ることができる。イルカを見てみたいという方は、案内も可能ですのでご連絡ください。 (電話072-971-530・オカ)