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禁無断転載


 最初のテキスト「文系と理系だけがすべてではないのです」は、怪文書という程インパクトがあるものではないのですが、論旨がどこへ向って いるのか、意図がなんなのか分からないチェーンメールとして、先々月のはじめ、私のパソコンに進入してきたものです。雑文系のサイトでよく見かけるような物語調なのですが、結末が尻切れトンボで、気味の悪い印象を受けます。文章力に関しては判断がつきかねますが、悪意等は特に感じられぬ内容ではあると思います。

 次に二つ目のテキスト「息子の同級生である鈴木くんのあだ名が夏休みを挟んでジョンソンに変わったことの理論的根拠についての論文」ですが、結構長い論文です。
 これは、私の友人の間では広く知られているようで、通称「ジョンソン論文」と呼ばれています。
 出所は不明ですが、この論文の特徴として、前半はゆったりと論じているわりに、なぜか後半は急ぎ足になっている印象を受けます。そして、論旨 と論調は、行き当たりばったりで、非常に稚拙な印象を受けます。
 また、論文に出てくる松浪小学校というのは茅ヶ崎市に実在する小学校なようです。

 詳しい情報はあまりなくて申し訳ないのですが、以上2点を寄贈させていただきます。


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(以下、原文のままです) 

 文系と理系だけがすべてではないのです

 久美子はため息をつきました。
 中学校からの帰り道。並木の紅葉がとてもきれいです。
「やだな」
 また、ため息。久美子はついさっき、進路指導室で先生に言われたことを思い出していたのです。
「文系か理系。どちらに行きたいか決めなさい」 
 先生が言ったのは、そんな言葉でした。
 久美子はもう中学二年生。彼女が通う中学校では、三年生から、文系、理系でクラスが分かれるのです。しかし、明子は数学が得意なわけでもなかったし、かといって国語のテストでよい点数を取ったこともありません。
「私って文系なのかしら、それとも理系なのかしらん。でも、そういう分け方ってなんかやだな」
 先生の前では言えなかったけど、久美子は心のなかでそう思っていたのです。
 プップッー。
 そのとき、ふいにクラクションが鳴り、久美子の前の一台のオート三輪がとまりました。
 すると、荷台であぐらをかいていたジャージー姿のお爺さんが、久美子に話しかけてきました。
「お嬢ちゃん、文系と理系だけがすべてじゃないんだよ。世の中には『すまけい』って生き方だってあるんだぜ」
 よく見ると、そのお爺さんは俳優のすまけいさんでした。
「まあ、荷台にのんなよ」
 久美子は軽トラックの荷台にちょこんと腰掛けました。
「よし、行くか」
 すまけいさんがそう言うと、オート三輪はブルルンとエンジンを鳴らしました。ど
こへ行くのかは分からないけど、久美子にはそんなことはどうでもいいように思えました。文系、理系以外の生き方があるなんて、学校の先生も、お母さんも教えてくれなかったんですもの。

 二人を乗せたオート三輪は、久美子の住む町を抜けて、トンネルを抜けて、田んぼのあぜ道を走りました。すまけいさんの頭には塩辛トンボが止まっています。そこは、お爺ちゃんが生きていた頃、幼い久美子もたびたび連れられたこともある田舎道でした。
「あれをご覧よ」
 ふいに、すまけいさんが田んぼのなかを指差しました。
 そこには、まるで結婚式に着るようなタキシードスーツに身を包んだ小太りのお爺さんが、田んぼのタニシに向って、手を出したり引っ込めたりしていました。お爺さんは、そんな動作を繰りかえす度に小さく「がちょん」と声を出しています。
「ほら。あれは谷啓っていう生き方だ」
 すまけいさんはそう言って、キセル煙草に火をつけました。
 煙を勢いよく吐き出してから、すまけいさんは遠くを見つめました。久美子はなんとなく目線の先を追いかけてみます。すると、そこには立派な建物がありました。田んぼの真ん中にポツンと立っているのです。
 近づいてみると、その建物は銀行でした。
 オート三輪のエンジン音と輪唱するように、銀行のなかからは優しい歌声が聞こえてきます。
「きっと、銀行員が歌ってるんだわ」
 久美子はそう思いました。
 すまけいさんは、まるで久美子の心の内を読むように、こう笑いかけるのでした。
「そうさよ。歌ってるのさ、銀行員が。これが小椋桂って生き方だ」
 十月の空はどこまでもきれいに澄みわたっていました。

 オート三輪は、田んぼ道を抜けると、県道沿いに立てられた一軒の丸太小屋の前に止まりました。
「ついたよ、お嬢ちゃん」
 すまけいさんに抱き起こされて、久美子は荷台から降りました。
 表札には「すまけいとその仲間たち」と書かれていました。
 丸太小屋のなかは思ったより広く、ゆったりとしていました。そして、作りはまるで国語の教科書でみた白黒の能舞台のようでした。
「では、はじめるよ」
 そういうと、すまけいさんは誰もいない舞台の上でたたらを踏み始めました。
 久美子もそれにならって片足立ちでたたらを踏みます。
 とっとととととと…
 とっとととととと…
 とっととと…
 ……。

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 息子の同級生である鈴木くんのあだ名が夏休みを挟んで「ジョンソン」に変わった
ことの理論的根拠についての論文



 序)

 初雁の姿に秋を感じる九月のはじめ、夏休み明けの始業式を終えた息子が私の書斎にやってきた。わんぱく盛りの息子は、今年で小学三年生だ。毎日のように昆虫採集や少年野球に明け暮れ、夕刻過ぎには全身泥んこになって帰ってくる。そんな息子が、帰宅するや否や私の書斎へ飛び込んでくるというのは、非常に珍しい出来事である。
 要件を聞くと、どうやら小学校で何かあったらしい。息子の話をまとめると、同級生である鈴木くんのあだ名が、夏休みを挟んで「ジョンソン」というものに変わり、さらに、それが学級内である程度の定着を見せているという。そして、それら全ての根拠が息子自身には皆目見当もつかない為、クラスの輪に入り難くなってしまったということだった。  
 子供同士の他愛ないあだ名の付け合いは、学校に於ける共同生活のなかでも日常的なことである。誰にでもその経験はあるだろう。しかし、小学三年生の少年がつけた「ジョンソン」というニックネームに、私はある種の戸惑いを感じずにはいられなかった。
 彼らは、いかなる理由をもって鈴木少年に「ジョンソン」という特異なニックネームを付けたのだろうか。また、どのような経緯を経て彼は「ジョンソン」にされてしまったのだろうか。更に、何故「ジョンソン」という奇想天外なあだ名が、短期間のうちに茅ヶ崎市立松浪小学校3年4組内へ定着してしまったのだろうか。
 私の研究はこうした些細な疑問と、息子からの要望という身近なところからはじまった。

 本研究は、文部科学省発行の初等教育白書・小学3年生版のなかにある記述・周辺資料、並びに茅ヶ崎市立松浪小学校3年1組から4組に在籍する児童計124名に対し、学校職員の了承を得た上で著者自身が行った取材に基づき、それにより実地採取したデータを参考にして論じたものである。
 また、以下論文内に於いては複数の単語による多義化、複雑化を避ける為「あだ名」「称号」「クラス内戒名」等の用語を便宜上統一し「ニックネーム」としたい。

 1)

 近年、現在社会に於いて、個人の蓄積する情報量は日々増加している。それは携帯電話をはじめとする電子通信網の進化による情報伝達の最速化、またインターネットの普及に伴う情報入手の容易性を起因とするところが大きい。実際、情報入手が容易化すれば、直接的影響を受けるのは子供たちである。現実として、近年になって子供たちの保有する知識・情報量は飛躍的に増大している。今年のはじめ、渋谷区丸山
に本拠を置く市民団体「渋谷の子供たちを守る会」が東京都渋谷区渋谷の駅周辺地区を歩く小学生50人を対象に実施したアンケート調査の結果を見ても、それは明らかである(資料1)。

資料1 JR渋谷駅周辺地区に於ける小学生の保有する情報・知識 (対象者総計50人)

 質問A 知っているやくざ映画の名前を一つ挙げてください。

 仁義の墓場                26人
 北陸代理戦争              15人
 緋牡丹博徒                9人
 男はつらいよシリーズ          3人
 その他                   3人
 無回答                   4人

 質問B 髪型がカッコいいと思う有名人を一人挙げてください。

 小野寺昭(俳優)               31人
 牧原俊幸(CXアナウンサー)        9人
 小林捻侍(俳優)               5人
 小倉智昭(キャスター)            3人
 パンチョ伊藤(元パ・リーグ広報部長)   1人
 無回答                     1人

 質問C 以上の知識・情報はどこで得ましたか?

 インターネット               25人
 新聞・雑誌                 10人
 書籍                     6人
 探偵ナイトスクープ            4人
 その他                   2人
 無回答                   3人

 (「渋谷の子供たちを守る会」広報資料より一部抜粋)

 同資料によると、このほかにも、ばってん荒川(歌謡漫談家)の本名を即答できる小学2年生や、インド大麻のビニールハウス栽培法に熟知している小学1年生、また、東京がらくた工房問題に精通した小学4年生の双子姉妹のように、通常では容易に知り得ない情報・知識を保有する小学生の存在が多数報告されている。
 尤、ここに抜粋した資料は、東京都渋谷区という限られた地域で実施されたものであり、日本全域に於ける実態調査を待たずに現状を結論づけることはできない。しかし、この種の調査は「渋谷の子供たちを守る会」主導によるもの以外では、未だ実施された形跡がなく、百分率的見地に則してみても、小学生の保有する情報・知識の現状としてはある程度の正確性・妥当性は認められると考えられる。同上の調査結果が提出された直後、文部科学省は同省次官並びに児童教育評論家を中心とした「低学年児童に於ける知識過剰問題に関する調査会」を発足させているのもその証左である。
 これら現状に則して考えれば、小学生たちが驚愕すべき知識量を保有していることについて、疑う余地はない。従えば、小学3年生に関しても、前項の調査結果に準じる情報・知識量を保有していると仮定できるのではないだろうか。
 このようにして考えると、小学3年生は豊富な知識・情報量を基に、我々が思う以上に自由自在なボキャブラリを操っていることが分かる。すなわち、小学3年生が保有する情報・知識量から導き出されるボキュブラリとしての「ジョンソン」という単語の特異性は、我々が抱いている以上に少ないということだ。むしろ、彼らは我々が考える以上に「ジョンソン」という単語を、極めて淡白に使用しているのと思われるのである。
 また、それを反映するデータとして下記の資料を提示しておこう(資料2)。

資料2 小学3年生同士の会話中に登場したカタカナ用語の集計(会話時間3分)

ミッキー・カーチス   7回
ドレミファ・ドン     4回
ビシバ・システム    3回
ランバ・ラル       3回
パラッパ・ラッパー   2回
マヒャド         2回
ジョン・トラボルタ   1回

    (文部科学省初等教育白書・小学3年生版より)

 資料2によると、2名の小学3年生は、テーマ不特定の会話中で、3分間になんと7種類ものカタカナ用語を使い分けている。注目すべき点として、この中で人名と思われるものが3つあり、それら全ては形容詞、または形容名詞として使用されていることがある。
 同資料によれば、最も使用回数の多いミッキー・カーチスという人名は「胡散臭い」という意味で使われ、それぞれランバ・ラルは「ロマンスグレー」、ジョン・トラボルタは「飛行機好き」といった意味で使用されている。
 これを見ても、カタカナ用語に精通している小学生たちにとって、「ジョンソン」という単語はそれほどの特異性を持っていないと考えられる。
 また、そのなかでも彼らが人名を使用するに際しての規則性を思慮に入れれば、「ジョンソン」という単語もおのずと何らかの形容詞、または形容名詞であると考えられるのではないだろうか。
 
 2)

 それでは、ジョンソンという外国人姓から連想される形容詞、及び形容名詞を考えてみよう。
 我々が想像する以上に、外国人名詞が小学生たちの間に膾炙している実情を思慮に入れれば、「ジョンソン」という人名が、具体的にどの有名人を指すか、という問題が発生する。
 人口に膾炙した人物のなかで「ジョンソン姓」が連想できるものとして、

 ベン・ジョンソン(ドーピング・アスリート)
 マジック・ジョンソン(エイズ保菌者)
 リンドン・ジョンソン(元米国大統領)
 
 以上の三名を仮定して、鈴木少年のニックネームの出所について考察してみたい。

 さて、「ジョンソン」と名付けられた鈴木健一郎君は、身長168センチメートル、体重は43キロの小学三年生である。倶楽部活動はしておらず、趣味・特技の分野に関しても特筆すべきものは見当たらない。成績はクラスでも中程度で得意科目はなし。両親は共働きで、父親はサラリーマン、母親はパートタイマーとして働いており、家庭関係は良好である。(松浪小学校教育資料「鈴木健一郎の項」参考)

 まず、彼のニックネームが仮にベン・ジョンソンから名づけられたと仮定してみよう。なるほど、彼の身長は他の小学三年生平均である150センチメートルを大きく上回っており、長身たるカナダ人のベンを思わせるには充分である。しかし、二人を結びつける根拠はそれ以外には発見できない。鈴木少年は体育の陸上種目の成績においても特筆すべき点はなく、運動が得意なわけでもない。また、彼は薬物関係に手を染めた経験もなく、金メダルに対する固執も特に感じられない。ここで、ベン・ジョンソンと鈴木少年を結びつけることは、不可能であると言わざるを得ない。
 次に、マジック・ジョンソン説を考えてみよう。彼と言えばエイズウィルスのキャリアとして有名だが、鈴木少年とエイズを結びつけるものは現状では確認できない。鈴木少年には同姓愛の性癖もなければ、不特定多数の女性との性交渉も皆無で、それに輸血の経験もない。
 また、彼がクラス内で苛めを受けていた形跡も見当たらず、差別用語として同病原体の名が冠されたという事実もないようである。 では、マジック・ジョンソンを保菌者と見なさずに、NBAのバスケットボール選手として考察すればどうだろうか。
 バスケットボールと言う競技に於いて、身長が高いことはポイントゲッターとして極めて重要な要素であるのは周知の通りだ。ここで、鈴木少年の身長に注目したい。
前述の通り、彼は同年代に比較しても非常に高い身長を持っている。これは極めて大きな合致事項である。何故なら、陸上選手であるベンと異なり、マジックは有名なバスケットボール選手である。競技の性質上、バスケットボール選手に於いての身長の高低は死活問題であることは先に述べた通りだ。従って、その要素が人口に膾炙している現実から考えても、「マジック・ジョンソン」とは高身長保持者の代名詞と言えるのではないだろうか。ましては、ボキャブラリィが豊富な小学生たちのことだ。鈴木少年をジョンソンと呼んでも何ら不都合はない、と結論できるのである。
 しかし、その後の調査により、この説も撤回を余儀なくされた。 それとは、既に「マジック・ジョン」と呼ばれている生徒がクラス内に実在していたからである。彼は鈴木少年よりは劣るものの、163センチメートルという高い身長を持っている。彼に関しては、まさしくマジック・ジョンソン説が当てはまるのだが、クラス内の現状から考えても、鈴木少年が同じ理由から「ジョンソン」と呼ばれることは難しいのである。
 では、リンドン・ジョンソンについてはどうだろう。彼とは、言うまでもなくベトナム戦争時のアメリカ合衆国大統領である。現状では、残念ながらリンドンと鈴木少年を結びつけることは困難と言わざるを得ない。だが、ここにひとつ興味深い資料がある。これは松浪小学校で前年度(鈴木少年が小学校2年生当時)行われた道徳のテストに於ける鈴木少年の答案である(資料3)。

資料3 鈴木少年の答案(松浪小学校2年2組道徳授業中実施)

●たかし君の夢は飛行きのパイロットになることです。ではあなたの夢を書いてみましょう。(配点5)

 ぼくの夢は世界せいふくだ。

                   2年2組7番 すず木けん一郎

               (松浪小学校教育資料「鈴木健一郎の項」より)

 ここで注目したいのは、鈴木少年が将来の夢を「世界征服」と記していることである。リンドン・ジョンソンはかくなる野望こそ持たなかったものの、ベトナム戦争に於けるアメリカの政治戦略及び、合衆国大統領という権力的な肩書きからして、彼が世界征服の具現化に極めて近い位置にいた人物であったことは確かである。従って、飛躍的に考えれば、鈴木少年の「ジョンソン」というニックネームは、すなわち、世界征服者としての米国大統領リンドンから名づけられたと言えるのではないだろうか。
 だが、この説も的外れの観は否めない。それとは、追調査の結果、学年内に「リンドン・ジョンソン」を知る生徒が誰一人としていなかったからである。
 残念ながら、仮定した三説は総じて撤回しなくてはならない。

 3)

 それでは、学級内部におけるニックネームの現状はどのようになっているのだろうか。
 この章では、次に示す資料4を参考にして、各生徒に於ける主要ニックネームを分析したい。

資料4 松浪小学校3年4組に於ける主要ニックネームの分布

  本名      ニックネーム

  菊地      きーくん
  吉田      よっちゃん
  志村      シムー
  宮村      ミヤムー
  森健太郎   もりけん
  竹内      たけっちゃん
  加奈子     カナブン
  大森      カナブン
  あゆみ     あゆ
  たかし     たけ
  もえ      もえもえ
  りょう      りょうりょう
  高倉      けんさん
  渡辺      リーダー
  谷口      高見さん
  
                     (著者調べ)

 見て分かる通り、ほとんどのニックネームが、当人の苗字及び名前の語感によって名付けられている。従って、本名とニックネームを箇条にして並べれば、大凡の見当はつくはずである。
 さて、ここで注目したいのは、大森、高倉、渡辺、谷口の4名に付けられたニックネームである。彼らのニックネームに関しては、それが苗字や名前の語感により発生したものだとは考えにくい。尤も、この中でも、高倉の「けんさん」については、
優の高倉健にその源流を見出すのは容易い。それでは渡辺の「リーダー」はどうであろうか。これも「コント赤信号」なるグループのリーダーである渡辺正行から派生したものであると解明できないことはない。従って、彼ら2人についても広義的には語感グループに分類することは可能である。
 残る、大森の「カナブン」、谷口の「高見さん」についてだが、この2名に関してのニックネームは、明らかに語感派生によるものと一線を画している。学級内部の現状に精通していない者にとって、その命名譚に起因するものを見当することすら難しい。と言うことは、彼らの命名譚には「ジョンソン」の謎を解く鍵が隠されているのである。

 まず、大森の「カナブン」についてだが、これは加奈子に付けられたニックネームである「カナブン」とは別格のものである。加奈子の場合は冒頭で述べた通り、「カ・ナ・コ」という名前の語感から派生したものだが、大森の場合「身体からカナブンの匂いがする」といった特殊な理由から名づけられたと言う。カナブンというコガネムシ科の甲虫に特有の匂いがあるのか否かについては、ここでは科学的な言及を避けたいが、このニックネームの由来は、まさに想像の範疇を超えていると言わざるを得ない。
 次に谷口の「高見さん」である。それを解明するには、まず彼が身長160センチメートルと、鈴木君に次いでクラス内で3番目に高い背丈を持った少年であるということ知っておかなければならない。
 谷口君は以前、その身長の高さから「ノッポさん」と呼ばれていたのである。「ノッポさん」とは以前NHK教育放送で放映されていた工作番組「できるかな」に登場する背の高い主人公の名前である。そして、ノッポさんを演じていた人物とは、作家の高見映である。すなわち、谷口君は背が高い。背が高いといえばノッポさん。そして、ノッポさんを演じているのは高見さん。かくして、谷口君のニックネームは「高見さん」となったのである。

 では、ジョンソンの場合はどうだろう。
 3年4組の傾向としては、語感によるもの以外の命名は、何らかの身体的特徴に起因している特徴がある。 
 さて、鈴木少年も谷口少年と同じように身長が高い。すなわち、体臭もなければ口臭もない鈴木少年にとって、ニックネームとなり得るものは背の高さしかない、と言えるわけだ。
 しかし、2章で考察したように「ジョンソン」と名の付く人名のなかで、身長が高いと思われる人物はニックネームと合致しない。従って、「ジョンソン」とは直接的な命名ではなかったと考えられる。
 では、谷口少年の場合と同様、そこに間接的派生による命名があった場合はどうなのであろうか。

 4)

 身長を考慮した上で、鈴木少年の体型を形容するものは何であろう。
 ここに2つの製品を仮定したい。そのどちらも、背が高くて痩せ型と言う鈴木少年の体型を形容するものとしては、極めて的を得たものである。 

 マッチ棒
 綿棒

 まずはマッチ棒とジョンソンを結びつける根拠について考察したい。
 マッチは十九世紀、イギリスの薬剤師ウォーカーにより発明され翌年に実用化された。だが、黄燐によるマッチは毒性が強く、スウェーデン式、フランス式と改良を重ね、現在つかわれている安全マッチへと発展していったものである。しかし、長年のマッチの歴史のなかでも、その中に「ジョンソン」と結びつくものは無い。
 現在、国内マッチメーカーとして主なものを挙げても、上六マッチ社、田中マッチ株式会社、仲外マッチと、三社とも「ジョンソン」言う単語とは無縁のものである。従って、マッチ棒からジョンソンを派生させることは難しいと言わざるを得ない。

 では、綿棒の場合はどうであろうか。国内外の著名な綿棒メーカーを挙げてみよう。

 山洋
 日本綿棒
 平和メディク
 ジョンソン&ジョンソン

 ここでは、四社目のジョンソン&ジョンソン社に注目したい。社名に「ジョンソン」という人名が二回も繰り替えされている同社は、綿棒業界の最大手である。また、主力商品の「ジョンソン綿棒」には、同社の社名が冠してある為、他の三社に比べても圧倒的な知名度を誇っているのは周知の通りだ。従って、1章で論じたように、過剰な情報量を持つ小学生にとって、綿棒という単語から連想される名前が「ジョンソン」である確率は極めて高い、と言うことはもはや疑いの余地がないと言える。

 5)

 鈴木少年が何故ジョンソンと呼ばれるのか。
 それは1章で述べたように、情報化社会の急速化による小学生自身の持つボキャブラリィの多様さから「ジョンソン」という外国人名詞を、同年代間に容易に浸透させたことに始まる。それが、少年たちに綿棒から「ジョンソン」という単語を引き出させたのである。 
 鈴木少年は背が高く痩せ型である。それが綿棒を思わせ、綿棒がジョンソンを連想させた。
 従って、鈴木少年の「ジョンソン」とは、ジョンソン綿棒から派生したもので、それは彼の体型を指しているものであると、結論することができるのである。
  
 終)

 いまとなって思い返してみれば、私の学生時代、友人のなかに「マイマイ」と呼ばれている者がいた。
 彼女の苗字は浅倉である。何故、彼女がそんなニックネームを付けられたのかと言えば、歩く速度が遅かったからだ。学校の帰り道、ランドセルを背負い、ゆっくりゆっくり歩む彼女の姿をみながら、私は感慨に耽ったものであった。カタツムリのようにのろまでも、彼女はゆっくり、着実に歩いていた。それが私の目には努力の姿に写ったのである。
「マイマイなんて言われても、負けるなよ」
 ついぞ、彼女の前で言うことはできなかったが、私はそんな言葉を何度も心のなかで呟いていた。
 ニックネームとは面白いものだ。
 ニックネームがあれば、そこには同じ数のエピソードがある。
 それは楽しいことではないか。
 こうして、筆を置いてみて、そんなことを考える今日この頃である。









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