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●メーソンの対ヴァチカン謀略
 フリーメーソンの最大の敵は、大統領でも国王でもなく、まして一般大衆でもない 。
 それはローマ・カトリックである。そして総本山ともいえるヴァチカンが、彼等の最大の標的となっている。
 両者に確執というべきものがあるとすれば、メーソンが一方的にヴァチカンに対して攻撃を仕掛けていると云う事になるだろう。
 これに対して、ヴァチカン側は、メーソン員の司教、大司教、枢機卿を通じて、懐柔策ともいえる対話路線を敷いてきたが、1738年の教皇クレメンテ12世の「フリーメーソン及び類似の秘密結社に入会した者は、教会法により破門になる」という 回勅依頼、現在のヨハネ・パウロ2世に至るまで、一貫してメーソンに入会する事は、”断罪”という態度を貫いている。
 何故なら、フリーメーソンは、「自由・平等・博愛」という矛盾するヒューマニズムを標榜しているものの、その秘儀と本質は、サタン信仰であるからである。
 彼等の唯一神は、サタンの頭ルシファ(ルシフェル)[本当は、ルシファでなく、ダビデが計画を立てた!忍]であり、ベルゼブル、バール、アーロン、アカボル等、無数のサタン(悪魔)、悪霊等がこれに続き、こうした秘儀は、ごく一部の上位メーソンしか知らされていず、神秘という名の下に奥深くヴェールに覆われている。
 又、「ヨハネの黙示録」で、獣の数字、悪魔の数字、反キリストの数字と記された「666」が、彼等にとっては”聖なる数字”となっている。例えば、メーソンに加入した者の多くが、肘の内側か踵に、この数字「666」を刻印される。
 筆者の知り合いにも、そうした人物がいたが、彼は父親がメーソンだった為、赤ん坊の時からこの悪魔の刻印を肘に刻まれ、真夏でも長袖のシャツを身につけ、それを隠すようにしていた。そして焼き鏝でやいても、整形手術を施しても、刻印は消えなかった(かなり強い悪霊の現象であると考えられる。もしかしたら異星人かもしれない。この刻印の問題は、他の鬼塚氏の論文にも書き連ねている!忍)。
 そうした事から、メーソン側が「兄弟のような対話」を各国のカトリック教会と行い、神聖なる霊性をメーソンの唱える「ヒューマニズム」的霊性に切り換え、カトリックを懐柔弱体化させようとしたが、最終的にローマ聖座が下した結論は否定だった。
 そこでメーソン側が取った手段は、”謀略”である。是が非でもこれを陥落させなければならなかった。
●メーソンのローマ教皇を!
 フリーメーソンの最終目標は、世界政府と世界宗教の樹立である。
 全世界を自分達の手で治め、彼らの”神”によって統治するーーヒトラーの「第三帝国」を世界規模のものとしたと考えれば分かり易い(ヒトラーは黒魔術を信奉する強烈なオカルチストだった。)[オカルチスト(霊能者)だから悪という考えは、間違っている。あくまでも善と悪は道徳的基準で考えるべき問題である。それが教育勅語である。「第3帝国」の問題よりも「共産主義国」の体制の問題が悪魔王国の内容である。そして共産主義者による世界主義者の体制を考えれば分かり易い。それがユダヤ・メーソン主義の活動である!忍]。
 既にメーソンは、世界の政治、経済を裏から牛耳り、世界の主要な通信、商業、エネルギー、食糧を手中に収め、”陰の世界政府”を形成している。そして、今や世界恐慌、第三次世界大戦といった「世界的クライシス」を画策し、人類を”生存か死滅か”という二者選択に陥れる事によって、「ワン・ワールド」構想を実行しようとしている(『聖母の黙示録大預言』曙出版・参照)。
 そこまで彼等の世界制覇の野望は進んでいるのである。
 そうした世界政府の胎動と共に、百年、二百年の単位で進められて来たのが世界宗教の確立である。
 約9億人の信徒を有する世界最大の教会組織ローマ・カトリック。メーソンにとって、まず、この難攻不落ともいうべき牙城を切り崩す事がその第一歩だった。
 例えば、フリーメーソンのイルミナティによって画策されたフランス革命(この革命の究極目標はカトリックの撲滅にあり、無数の教会や修道院が破壊された)の後、イタリアを統一したメーソンのガリバルディは、1872年、次の様に宣言している

 「我々の採取目標は、ヴォルテールのフランス革命と同じ、即ちカトリック信仰の絶滅だ。その為には1世紀かかる事もあろう。ユダヤ人がメシアを待望する様に、この最終目的に同意する一人の我々(メーソン)の教皇を待ち望むのである。
  年長者や成人は放っておくが良い。若者や子供達の所に出かけていって、我々の自由主義的フリーメーソン思想を染み込ませるのだ。特に大学生や聖職者志望の若者達から一層これらの若い聖職者達は、教会のあらゆる重要な地位を手に入れるだろう。彼等は君臨するだろう。統治するだろう。審判を執行するだろう」

 現在、約20人近くいる枢機卿の半数程が、メーソン員か、それに強い影響を受けている聖職者だといわれている。
 生え抜きのメーソンの聖職者は、メーソンの破壊工作員として神学校に入り、司祭となり、影響力のある神学者、司教、大司教、枢機卿となっている。当にガリバルディが予告した通り、1世紀かけてのヴァチカン攻略だったのである。
 そして彼が述べているように、彼らの最終目的は、メーソンのローマ教皇を打ち立てる事だった。
 その事が現実に実行に移されたのが,「世紀の大陰謀」と呼ばれた「パウロ6世事件」である!

●パウロ6世は偽者だった
 第262代ローマ教皇パウロ6世(在位1963〜78)が、彼と親しかった教会関係者や外交官達から不信の目で見られる様になったのは、75年9月以降の事だった。
 その理由は、彼等の知っている教皇とは違う、別の人物ーつまり偽者がパウロ6世に成り済ましているのではないかという不信だった。この風評は、真実味を帯びて、単なる噂の領分を越えて広まっていた。
 何故なら、彼の近親者が、もし本当だったら困ると、追及されるのを恐れて口を閉ざしていたからである。
 そんな折の1977年11月、テオドル・コールベルというジャーナリストが、『世紀の欺瞞』という本を出版した。
 コールベルは、その著書の中で、本物と偽者のパウロ6世の肉体的特徴をあげ、公衆の前に現れているパウロ6世は偽者だと、物的状況証拠を挙げて証明したからである。
 一例を取ると、パウロ6世の目は、青空色のハッキリと澄んだ目をしているが、偽者のそれは緑色に近い色だった。こうした事例を幾つか挙げ、世紀の虚実ぶりを白日の下に曝したのである。
 更に興味深い事は、丁度同じ時期、スイスで行なわれた祓魔式(悪魔祓い)で、神の名によって命名された善霊(鬼塚氏は悪魔と断定しているが少し疑問を持っている)の口からも同じ内容の事が告げられた事だった。
 エクソシズムを受けたのは、4人の子供の母親で、彼女は19人(鬼塚氏は、悪霊を動物と勘違いしているので匹の言葉を使っている?忍)の霊達(サタン、デビル、デーモン)に取り憑かれていた。修道院長クラスの司祭が立ち合って、悪魔祓いは行われた。
 この祓魔式の中で、憑かれた婦人を通して、守護霊(鬼塚氏は、サタン・ベルゼブルと名付けている。その理由は分からない。何故ならこういう重要な情報は、善霊が伝えたいから伝えたのではなかろうか!忍)は、キリストと聖母マリアの名によって命名されると、コールベルの著書より更に恐るべき事実を告白したのである。
 その内容は、パウロ6世はフリーメーソンの数人の枢機卿とその仲間の聖職者達によって、地下室に幽閉され、薬物注射によって体を麻痺させられ、教皇としての偽った偽のパウロ6世であり、高度な整形手術を受けている。そうした外見ばかりでなく、声と特徴も本物そっくりに真似られ、メーソンの主要な枢機卿に操られている。そして、彼等は教皇の書類と書簡を勝手に偽造・検閲する事によって、教会全体の教えを歪曲し、ミサ典礼の効用を少しずつ破壊しようとしているというものだった。
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 しかし、偽者と本物の写真を見比べてみれば、その違いがよく分かる。
 右が偽者のパウロ6世。鼻は本物のパウロ6世より短く、耳の3/4ぐらいの長さしかない。側面からの写真を見ると、本物のパウロ6世は、鼻と耳たぶ先端が耳の3/4程の位置にしかない。
 まさに一目瞭然といえよう。
 証拠はそれだけではない。次頁の右上のグラフのような図面を見て欲しい。
 上のグラフは1975年の復活祭の時の本物のパウロ6世の談話(スピーチ)の声紋。下が同年のクリスマスの時の偽者の声紋である。声紋は指紋と同じくその人間の肉体的証拠品となる。
 この2つは、ラテン語による同一内容の談話であり、それぞれの声紋の下にラテン語が書き連ねられている。
 かなり似ている。
 だが、この両声紋は、65タイプの音響分析器にかけられた結果、全く別の人物の声紋である事が証明されているー!!

●聖母マリアが語る陰の首謀者
 ヴァチカン内のメーソンの陰謀が明るみされたのは、それだけではなかった。
 現在も世界の各地に聖母マリアが出現し、人類に警告と改心を呼びかけているが、1970年から聖母出現が続いているニューヨーク・ベルサイドの聖母メッセージでは更に具体的な内容が告げられた。
 聖母の出現を受け、その法話を受けたのは、ニューヨークの預言者と云われたヴェロニカ・ルーケン(当時54歳)。その彼女が受けた聖母の法話とは・・・・

 「私の子供達よ、整形外科や外科医の最高の技術が、このペテン師(偽教皇)を生み出すのに利用されたのです。彼の背後には、サタンに自らを委ねた3人の人間がいます。その為、ローマから来るものを受け入れてはなりません。これらの教皇教書は本物ではないからです。
  アゴスチノ・カザロリ、魂を地獄に持って行きなさい! ジョバンニ・ベネリ、一体何という道を歩いて行こうとしているのですか?貴方方が、辿っている道は、地獄と破滅への道です。ヴィロ、悪の指導者! 永遠の父なる神が知らないとでも思っているのですか。
  貴方達は、サタンの会堂(ユダヤ・フリーメーソン!忍)とグルに成っています。
  私の子供達よ。悪の軍団、かの反キリストは、永遠の都(ローマ)の中にかき集められました」(1975年9月27日)

 ここでは偽教皇を操る陰の3人の首謀者の名前が挙げられている。首謀者のジャン・ヴィロ枢機卿は、1969年以来ヴァチカンの国務長官を務め、教皇庁のNo1の実力者。ジョバンニ・ベネリ枢機卿は、国務次官で庁内No2。ヨハネ・パウロ1世が教皇に選ばれた時には、対立教皇候補となった。
 そしてNo3のアゴスチノ・カザロリ枢機卿。現在、前2人は故人となったが、カザロリ枢機卿は、つい最近まで国務長官を務めて勇退し、今では庁内で隠然たる力を有し、”陰の教皇”といわれている。
 この3人の枢機卿に共通している事は、全員がフリーメーソンだった事である。
 ヴィロ枢機卿は、1966年8月6日、スイスのチューリヒで入会し、「教皇庁フリーメーソン支部会員名簿」によれば、メーソンの暗号名は「ジャンニ」で、登録番号は「041/3」。カザロリ枢機卿は1957年9月28日に入会し、ベネリ枢機卿は入会の日付は不明だが、カザロリと同時期に入会している。
 恐るべき事に、彼らは、こうした黒い陰謀が発覚するにつれ、ついには本物のパウロ6世を毒殺したと聖母のお話は語っている。
 では、いつからこのような事態が生まれたのか?

●荒廃しゆくカトリック信仰
 ヴァチカン内のフリーメーソンの動きが顕著になったのは、1962年から始まった「第二ヴァチカン公会議」からである。
 この公会議を召集したのは、ヨハネ23世(在位1958〜63)。開催主旨は、
「開かれた教会作り」というもので、世界中から総数2、865人の高位聖職者が出席し、3年間3会期にわたって行われた。この機会をメーソンが見逃すわけが無かった。例えば、彼等はローマ・カトリック教会を破壊する為に「フリーメーソンの10戒」というのを作った。その10項目の内容は、この第二ヴァチカン公会議から現在までにほぼ成就している。そのキッカケとなったのが、この公会議だったのである。
 彼等はカトリックの伝統の根を断ち、教義と典礼の解体をはかる為に、”革新””刷新”(解放神学!忍)という名の下に、公会議を自分達の都合のいい方向へ進展させた。その為、会議は連日烈しい議論が展開され、分裂が起きる危惧さえ感じさせた

 こうした会議の行方に、ある種の陰謀と悪魔に取り憑かれたような危険性を感じたヨハネ23世は、この会議を中止しようとした。だが、その時にはメーソンに少しずつ飲物に毒を盛られ、会議召集後から6ヵ月後に到死量に至ったと、聖母の御話は語っているのだが・・・。死因はパウロ6世と同じ「心筋梗塞」と発表された。このヨハネ23世の後に教皇に選出されたのが、パウロ6世であい、前任者の意志を受け継ぐ形となった。
 しかし、公会議は、既に方向が決まり、彼の努力によって修正されたものの、メーソンの狙いはかなりの成功を収めた。
 何故なら、第二ヴァチカン公会議後、「聖」の「俗化」が始まり、修道会等の規律や戒律が緩み、典礼や礼拝や祈りが軽視され、教会に霊的活力や敬虔さが無くなった
からである。その為、公会議以降、何十万人という聖職者が退会した。
 例えば、最もメーソンの力が働いたオランダでは、4,300人のシスター、修道士が退会し、24人の神父が還俗した。米国では1966年から1年間で約5万人の修道会退会者があった。そして無数の由緒ある中世初期ロマネスクの様式の教会が、レストラン、ガレージ、体育館となった。今でもその爪痕は残り、欧米の地方都市に行くと、廃墟化した教会があちこちで目につく(これは、神に対するメーソンの反攻の技であり、神の法に基いて行動ではない。しかし、今の地球は教会[ユダヤ教のシナゴグ、イスラム教のモスク]よりも、宇宙自然との調和を考えた「鎮守の森」の概念を大切にした神社形式が大切ではなかろうか。だからといってフリーメーソンの行動は正当化出来ない!忍)。
 パウロ6世は、そうした荒廃化しつつあった信仰を伝統に戻そうとして、メーソンの毒牙にかかったのである。そして、次に登場したのが、ヨハネ・パウロ1世である


●葬られた改革案
 ヨハネ・パウロ1世が新教皇となったのは、1978年8月26日である。
 この頃、ヴァチカン内フリーメーソンは、同じメーソンのイタリア政財界人、高級官僚等との交流を活発にしていた。特にヴァチカン銀行総裁ポール・マーチンクス司祭(メーソン)を通して、イタリア最大手のアンブロアーノ銀行頭取ロベルト・カルビ(5年後、テムズ川で首吊り死体となる)、イタリア金融界の黒い仕掛人といわれたシシリア人銀行家ミケーレ・シンドナ(6年後、刑務所の特別独房で青酸カリによる毒殺)、元ファシストでマフィアのリチオ・ジェリ等と親しく交わり、ヴァチカン銀行の10億ドルを超える資金を不正に融資していた。
 そこに「P2事件」が発見し、当時のフォルラニ内閣が総辞職に追い込まれ、ヴァチカン銀行の黒い融資問題や、ヴァチカンに浸透したメーソンの事が、暴露され始めた。事に、リチオ・ジェリは、イタリアのフリーメーソンP2の首領であり、ロベルト・カルビはP2事件の中心人物だったからである。
 そこに新教皇の誕生である。一見柔和で、決して大それた事を行わない様に見えた、このヨハネ・パウロ1世を、メーソン達は甘く見くびっていた。
 そのヨハネパウロ1世からヴィロ枢機卿が呼び出しを受けたのは、9月28日の午後5時30分の事だった。そして彼が教皇から手渡されたものは、教会史上例の無い大改革の人事異動名簿だったのである。
 名簿には、ヴィロ本人は勿論の事、ヴァチカン内のメーソン聖職者、職員等の百人近い解職者の名前が連ねてあった。
 ヴィロ枢機卿はあらゆる言葉を尽くして、この改革を留ませようとしたが、ヨハネパウロ1世は「只キリストの意志に従うままです」と語り、頑として聞き入れなかったのである。
 そのヨハネ・パウロ1世が、ベッドの中で死んでいるのを修道女から発見されたのは、次の日の朝の4時45分の事だった。最初に駆けつけたヴィロ枢機卿は、直ぐに教皇の主治医でないブジネット医師を呼んだ。この医者は死因を「心筋梗塞」と診断した。
 しかし、ヨハネ・パウロ1世は、酒もタバコも飲まず、心臓は1度も病んだ事がなかった。しかも、3週間前、健康診断で「健康体」っである事を診断されたばかりだった。
 葬儀屋の車が来たのは、午前5時。死体が発見されてから15分の早さである。
 そして法律では死後24時間経たないと防腐処理出来ないのだが、ヴィロ枢機卿は
、血液を抜かずに防腐剤を血管に注入させるという。難しい処理を葬儀屋に命じている。その為、血液検査も行う事が出来なかった。
 こうした不審の死に、ヴァチカン記者クラブとローマ市民からは、解剖を主張する声があがったが、ヴィロはこれを無視した。
 こうしてヨハネ・パウロ1世は、在位33日の短命の教皇に終わり、彼が行おうとしたヴァチカン内大改革も闇の中に葬られてしまったー!!
 聖母の御話は、この死も前任の2人の教皇と同じように、毒殺だったと告げている。そして、次に誕生したのが、現教皇ヨハネ・パウロ2世である。
 聖母の預言によれば、ヨハネ・パウロ2世も数年の内に殉教(殺害)するという。
 そしてカザロリ枢機卿が不正な選出によって、メーソンの教皇となり、カトリックの教義や典礼を根本から破壊し、教皇聖座をユダヤ・メーソンに支援された反キリスト(マイトレーヤ)に明渡すというのである。
 この時、「ダニエル書」と「ヨハネの黙示録」は、人類を速やかに大艱難ー史上最大の破局が襲うと預言している。
 ヴァチカンとフリーメーソン(ユダヤ教!忍)。この対立構図は、将来、人類を大カタストロフへと巻き込んでいく運命に有るーー!!
(これは、悪魔サイドの計画であり、それを阻止するのが神善霊なのである。今現在はカザロリ枢機卿かもしれないが、国際連合の地下の核爆弾も合わせて、悪魔はいつでも時間をずらす事が出来る。その為にその計画を中止するには、正統な天の後継者である千乃裕子先生を中心に持っていくことであり、悪の計画を立てたフリーメーソン等は警察が真剣に取り締まる必要がある!忍)。

歴史読本『ユダヤ=フリーメーソン 謎の国際機関』の中の鬼塚五十一著「ヴァチカン対メーソン・教皇庁の暗闘」の論文からこの中の論文に、写真と声紋のグラフがある











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